自分のこと、親のこと、子どものこと
こうなるかもしれない、ああなるかもしれない、と、まだ見ぬ未来に対し不安な妄想が
止まらなくなったり・・・。
体調不良やうまくいかないことが続くと、ずっとずっとこの状態が続くかもしれないと
これまた不安な気持ちになったり・・・。
どうしたらこの不安がなくなるんだろう・・・。
この不安さえなくなれば、もっとハッピーになれるのに・・・。
そんなふうに思ったこと、あなたも一度や二度、ありませんか?
下記の著書をヒントに、のの的視点も加えて
不安と上手につきあう方法
について、50代の私が、今までの人生経験とたくさんの読書から得た視点もふまえて、お話します。
どうぞお役に立ちますように・・・。
「さみしい」を埋めるために生きてきた著者
常に不安がつきまい、自分の不安を「不安さん」と名づけている著者。
この本は「はたらく」をテーマに、著者が「不安さん」と格闘する日々を、ショートストーリーの漫画仕立てとエッセイで描かれていました。
とてもわかりやすく、不安な気持ちになることが多い私にとっても、どれもこれも「あるある」なことばかりで、とても共感できるものだったんですね。
著者は20代で正社員として就職。その後、広告デザイナーという夢を追って転職したんですが
そこでの人間関係で挫折し退職。
そして結婚し専業主婦になったんですが、著者はこんなふうに思いながら日々過ごしていたそうです。
毎日、何をすれば、充実した一日になるのかという不安さんのジャッジが入ります。
充実して生きなければならないと、不安さんが言うのです。
(中略)
せっかく自由にできる一日があるのに、自由が恐ろしかったのです。
この気持ちに共感できる人、けっこう多いんじゃないでしょうか。
「ダラダラしちゃいけない」
「充実した日々を、人生を、生きないといけない」と
私たちは「なにもしない」ことを、無意識にダメだとジャッジしてはいませんか?
著者はそんな時間があると、全細胞が「さみしい!」と叫ぶんだそう。
だから、そのさみしさや不安を感じないように、いつも忙しく、予定をいっぱいにしていたそうです。
「不安さん」の声
たとえば、ある日の「不安さん」の声。
働いていないと、「不安さん」はこう言うのだそう。
「働かないの?」
働こうと思うと、不安さんはこう言うんだそうです。
「またいじめられるかもよ」
何をしても、常に「不安さん」の声がする。
それでも非正規雇用として働きはじめるんですね。
すると「何もしない」ことの不安は小さくなってきたけど、今度はまた別の「不安さん」の声が出てきたんです。
たとえば、「有給とりたい」と思うと、「不安さん」は言います。
「嫌われるぞ」
「迷惑かけるぞ」
「クビになるぞ」
休みが終わると、こんな「不安さん」の声。
「明日から仕事だぞ」
どれもこれも
「●●しないと大変なことになるよ」
「●●すべきじゃないか」
「あなたがダメだから●●になる」
「そんなこともできないの?」
と、ことごとく否定してくる「不安さん」。
私にも、こんな「不安さん」の声が、ときどき聞こえてきますよ~
著者は言います。
現状維持がいちばんで
(中略)
変化することが怖いのです。
変化とは、もしも間違えば、悪い方向に行くものという「もしも」の声が大きく
自分の本当の気持ちに気付きませんでした。
脳は新しい変化に抵抗します。
これは誰にでもある本能みたいなものですが、それが強すぎると、行動を起こすこと、変化を起こすことに、とても恐れを感じてしまいます。
不安はなくならない、コントロールできない
そして著者は、自分と同じ悩みをもつ「自助グループ」に参加するんですね。
そこで「不安に振り回されるのは、自分だけじゃないんだ」ということを知っていくんです。
そして「不安はなくならない」「不安はコントロールできない」ということも学び
自助グループに助けられながら、不安をなくすのではなく「不安との付き合い方」を身につけていくんです。
そして、こうたどり着きます。
私は不安さんと共に、生きる決意をした。
私は不安さんが消えればいいと、ずっと思っていました。
不安さんさえいなければ、私は幸せになれるのだと。
けれどもそれは、間違いでした。
不安さんは、私が幸福になるように、安全なように、最大限アンテナを張っているのです。
不安さんは、私の大切な一部。不安さんすら愛してあげたいのです。
不安は自分を守ってくれるもの
読み終えて思ったのは、不安という感情は、なくしてしまいたいほどイヤなものですが
著者の言うように、それは自分を守ってくれるものだと、私も思っています。
それは自己防衛としての本能でもあり、誰もがもっているもの。
でも、著者のように、その不安が大きすぎると、身動きがとれなくなる。
なぜ人によって、その不安の大きさは違うの?
そうですよね。私はこう思うんです。
それだけ「傷ついてきたから」。傷が大きな分、不安も大きい。ただそれだけ。
よく心の声だとか、本当の自分の声だとか、いうじゃないですか。
幼い頃は誰もが自分の心の声にしがたって、もっと自由に生きていたはずです。
でもその心の声のまま生きていたら、たくさん傷ついた。傷つけられた。
だからもうこれ以上、傷つかないように、不安という形で自分で自分を守ってくれている。
そんなふうに私は不安というのをとらえています。
私の「不安さん」との付き合い方
この本では、↓著者が自分の「不安さん」をこんなふうに描いていたんですね。
表紙に描かれている、右下のもさもさした丸い顔のイラストが著者の「不安さん」↑
そして私も自分の不安さんを想像してみました。
↓描くとこんな感じです。(絵心があまりないですが・・・)
なんていうんでしょう・・・。傷だらけなイメージなんです・・・。
傷だらけになりながら、必死に私のことを守ってくれている、そんなイメージなんです。
だから、著者の言う
私は不安さんと共に生きる決意をした。
っていうのが、とても共感できました。
不安が大きくなるたびに、傷だらけのもう一人の自分が私を守ろうとしてくれてるんだってことを
イメージすると
よしよしっ、抱きしめたくなる。
すると不安が俯瞰できて、すこーしずつラクになってくる。
これは私の不安さんとの付き合い方のひとつです。
不安とたたかわない。ともに生きていく。
著者は、不安さんを漫画やエッセイにすることや、自助グループで支え合うことで不安さんとうまく付き合っています。
生きている限り、不安はなくならない。
だとしたら、上手な不安との付き合い方をたくさん身につけることが、不安とともに生きることを可能にすると思いました。
どうやって身につければいい?
こうとらえてみては、どうでしょう?
「不安をなくしたい!」と思えば思うほど、不安に対して意識がいってしまう。
そしてそれは「不安をもつ私はダメな人」「不安を持ってはいけない」と、潜在意識にすりこまれ、不安はどんどん強化されていく。
不安をなくすことにエネルギーを使うことは、不安に振り回されるのと同じぐらいエネルギーを消耗すると思うんです。
あなたを守ってくれる「不安さん」は、どんなイメージでしょう?
不安がない方がいいけど、不安があってもハッピーになれるとしたら?
不安があるからこそ、誰かの不安に寄り添えるとしたら?
そんなふうに不安をとらえたら、どんな気持ちになりますか?
不安をなくすより、うんと自分に優しい不安との付き合い方がみえてくるんじゃないでしょうか。
怖いものは、怖い。不安なものは、不安。 それはあなただけじゃないです。
不安を排除しない。不安とたたかわない。不安とともに生きてく。
そう捉えることが不安があっても大丈夫な私へとつながっていくひとつの方法じゃないかと
この本を読んで改めて思いました。
さて、あなたの不安さんは、どんなイメージでしょう?想像して描いてみてはいかがでしょうか。