ザ・ノンフィクション「好きなことだけして生きていく」なんて、できるの?

ドキュメンタリー

好きなことだけして生きていきたいな~

「どんなにラクで楽しいだろう~」

「でも、そんなの難しいよね。選ばれた成功者たちしか、できないことだよね~。」

そう思いますよね~。

本記事は、こんな方に
  • 本当に好きなことだけして生きていけるの~?
  • 好きなことばかりしていたら、人に迷惑かけて嫌われるんじゃない?ダメ人間になるんじゃない?

そんなモヤモヤに、

50代の私が、今までの人生経験とたくさんの読書から得た視点もふまえて、ヒントにりそうなことをお話します。

どうぞお役に立ちますように・・・・。

「好きなことだけして生きていく」には、許可がいる?

私の大好きなドキュメンタリー番組に、「ザ・ノンフィクション」という番組があるんですね。

この番組のファンは多く、私もその一人です。

その中で印象的だったのが、2019年秋ごろに放送された

『好きなことだけして生きていく~元ニートの再々再々出発』というものがありました。

「働きたくない。好きなだけ寝て、好きなことだけして過ごしたい」という思いを綴った著書「ニートの歩き方」で、日本一有名なニートになったpha(ファ)さん(40)。名門・京都大学を卒業しながら、定職につかず、お金に縛られない暮らしを実践してきた。

引用:ジテレビ「ザ・ノンフィクション」『好きなことだけして生きていく 元ニートの再々再々出発』前編後編

この日本一有名な元ニート「pha(ファ)」さんは、大学卒業後、一般企業に勤めるも3年で退職。

大学時代に学生寮の入っていたことから、共同生活の楽しさを知り、また家賃もみんなとシェアした方が安くすむということから、シェアハウスを立ち上げたんですね。

phaさんは、あくせく働きたくない、最低限生きていける収入で好きなように生きていきたい、という思いを大事に生きているお方です。

そんな思いに共感した人たちや、パソコンやプログラミングが好きな仲間たちが、このシェアハウスには集まっているんですね。

シェアハウスの日常は、ある人はゲームをしていたり、ある人はパソコンに向かっていたり、ある人は寝ていたり、ある人は食事をしていたりと、まあそれぞれが、自由気ままに、好きなように生きているように見えました。

そんな自由気ままな生活の様子を見ていると、いいな~と思う反面、「何、ダラダラしてるんだ!」と思う人もいるだろうな~って思ったんです。

たとえば、私には子どもがおりまして、

「好きなことして生きていく」ことがどんなにいいなと思っていても

我が子が目の前で、毎日毎日勉強もせずにゲームばっかり好きなことしているのを見ると、親としてはちょっと心配になってくるんですよ~。

これで大丈夫なのかな・・・と。で、言っちゃいますよね~(笑)

のの
のの

やることやってから、好きなことしなさいよっ!!

やるべきことをやってからじゃないと、好きなことするのは許さんぞっていう思いです。(笑)

まあ、人に言うくらいだから、自分に対しても無意識にそう思っている、ということです。

つまり「好きなことだけして生きる」には、許可が必要なんですね。

義務感でやると、不幸になる

こんなシーンがありました。

このシェアハウスの住人の一人に、カードゲームが好きな人がいるんです。(仮にEさんとします)

Eさんが作るオリジナルなカードゲームを、ある会社で販売する計画が立ち上がってんです。

しかし、楽しく始めたカードゲーム開発が、途中で行き詰ってしまうんです。

Eさんの思いと協力者たちとの思いがくい違ってきてしまい、思うように前に進まないんですね。

で、Eさんは、そのカードゲーム作りから、また別の興味のあることを始めてしまい、結果その販売計画は自然消滅してしまったんです。

でもだからといって、誰もEさんのことを責めたり、叱咤激励もしない。

「彼にはそういうところがある」「仕方ないね」 以上! で、終わり。(笑)

またこんなシーンもありました。

シェアハウスの拡大にむけて、9階建てのビル計画が、住人達の間で持ち上がるんです。

みんなでこんなふうになったら面白いよね~とか、楽しいアイデアを出し合っていたんですよ。

ところがその計画も、いつのまにか自然消滅。

Eさんのことにしろ、このビル計画にしろ、取材をしていた番組スタッフさんがphaさんにこう問いかけます。

「やろうと決めたから石にかじりついてでも、とは?」

その問いにphaさんは、

ないですね。そういうのをやったら不幸になりますからね。

やる気がなくなっているのに、やんなきゃいけないとか、そういう義務感でやると不幸になるので。

いやになったらすぐやめるのがいいと思いますね。

そんなふうに思えないよ~

のの
のの

ですよね~。私もなかなかphaさんのようには思えません。

特にEさんのようなケースは、自分だけじゃなく他者が関わっていることだけに、ならさら思えません。

こんな状況になれば、私ならこう思ってしまいます。

  • やると決めたからには、やりぬかなきゃ。口だけの人間、中途半端な人間だと思われたくない。
  • いやだからといって、すぐに「やーめた」なんて、無責任だし、大人のすることじゃない。
  • やるべきことをやらないと、誰からも認められない。

などなど、でしょうか。

でも、phaさんをはじめ、このシェアハウスの中では、「〇〇すべき」がないんです。

「迷惑かかるから」とか、「始めたことは最後までやりきる」とか、そんなものはない。

いや、それぞれの胸のうちにあったとしても、それ以上に「やりたくなくなったら辞める」という決断の方を大事にしている、というのが

phaさんの「義務感でやると不幸になる」という、その言葉から伝わってきました。

途中でやめて他人からどう思われるかより、やる気もないのに、やるべき義務感で過ごすことの方が不幸だと、そう言い切れるphaさんに、すごいな~って思いました。

好きなことだけして生きていくには、覚悟がいるんだね。

誰かから与えられる許可ではなく、自分が自分に与える許可

のの
のの

想像してみてください。

もし、あなたがやり始めたことを途中で投げ出したくなったとき、まわりはそれを認めてくれるようなそんな環境にいたら?

どんな気持ちになります?

そりゃ、ラクだよね・・・。でも人に迷惑かけるし、phaさんのようにはできないよ。

そうですよね~。

先に書いた「やるべきことをやってから好きなことをする」という私の思い。

これは「好きなことをするには許可がいる」とお伝えしました。

でもその許可というのは、誰かから与えられる許可ではなく、自分が自分に与える許可なんですよね。

そんなことないよ~。私の周りにはちゃんとやれって、許可してくれない人たちがいっぱいいるよ~

自分に許可を与えてないと、許可を与えない人たちがあなたの周りにたくさん現れます。

現れるというより、そういう人たちを見つけてしまうんです。

その理由が、下記の著書に書かれていました。

【科学的「お金」と「幸運」の引き寄せ方】小森圭太 著

この本の中に、脳の機能と仕組みについて。こんなふうに書かれたんです。

脳幹網様体賦活系(のうかんもうようたい ふかつけい)という部位です。これは、脳内でフィルターのような役割をしている器官で、「RAS (ReticularActivating System)」とも呼ばれます。

具体的にどんな機能かというと、いろいろな意味で、あなたが意識していること(モノ)だけを見る、聞く、というものです。

脳幹網様体賦活系によって、私たちは意識していないものは、たとえ目や耳に入っていたとしても、実際は見ていないし、聞いていません。

つまり、こういうことです。

例えば、あなたが「私の周りには許可してくれない人たちがいっぱいいる」と意識し、気にしているのであれば

あなたは、そういう人たちを探し見つけだす、ということです。

私の「やるべきことをやらないと、好きなことをしてはいけない」と意識しているから

私の目の前に、やるべきことをやらずにゲームばかりしている我が子が、目に付くんです。気になるんです。

無意識に自分が意識していること、思い込んでいることで、現実は展開されていくんですね。

そこに許可ができていれば、そういう人たちを目の前にしても、気にならなくなるということです。

なのでphaさんは、「いやになったらすぐやめる。中途半端で非難される自分でもいい」とご自身に許可を与えている、ということがわかります。

好きなことだけして生きることと、心の自由度

結局、「好きなことだけして生きていく」というのは、自分への許可次第、と言えるかもしれません。

目の前に現れる「ありえない!」と思う誰かの生き方を許せたら、それは「好きなことをして生きていく」自分も許せるようになる、ということです。

いや~、それはハードルが高いな・・・・

のの
のの

ですよね~。

長年意識しつづけてきたことに許可を出すなんて、なかなかできないですよね。

「好きなことだけして生きていく」ということと、自分の心の自由度は切っても切れない関係です。

だから「許可すべき」になると、心の自由度は下がります。

もっと軽くとらえるなら、「ま、いっか」と思えること

ありえないと思う誰かの生き方も「それもありか、ま、いっか」と思えたらいいですよね。

そう思えないなら、「思えないものは思えないし、ま、いっか」です。

目の前の人やコトや現象に心がざわついたら、許可できてないことを知るチャンスでもあります。

知って、あとは「ま、いっか」です。

目に見えてわかるような好きなことをしている言動より、目に見えない心の自由度が高い方が

本当の意味で「好きなことをしている」状態じゃないかと思うんですが、いかがでしょう。?

まとめ

  • 好きなことだけして生きていくには、許可がいる。
  • それは誰かから与えられる許可ではなく、自分が自分に与える許可。
  • 目の前の人やコトや現象に心がざわついたら、自分は何を許可していないのかを知るチャンス。
  • 「好きなことだけして生きていく」ということと、自分の心の自由度は切っても切れない関係
  • 「許可すべき」は心の自由度を下げる。
  • 許可できることも、できないことも、「ま、いっか」で。
  • 心の自由度をあげていくことが、本当の意味で「好きなことだけして生きていく」状態へとつながっていく。
のの
のの

ま、いっか。まっ、いっか。

この記事を書いた人
のの

読書好き。年間200冊以上読んでます。「人間らしさ、人間臭さ」に心動く50代です。今までインプットしてきたことと経験してきたことなどを踏まえて心動く50代の「エモい生き方」を綴っています。

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