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大切な人を失った悲しみ

BOOK

 寂しさや悲しみ、そんなつらい感情って、できれば味わいたくないですよね。

さとうみつろう氏の著書の中にこんな本があるです。

この本のタイトルのように、毎日が幸せだったら、毎日は幸せと言えるだろうか?って

つまり人生にはつらいことも悲しいこともあるからこそ、幸せを実感できる。

そんなことよく聞く話で理解もしているつもりだったんですが、やっぱり気持ちのよい感情だけ味わいたいな~と思うのは、私だけでしょうか。

記事の内容

深い悲しみは幸せだった証、悲しみを味わっている今でさえ幸せなんじゃないか、

そんなふうに思えたことを綴っています。

大切な人を失う喪失感

NHKスペシャルで栗原はるみさんのドキュメンタリー番組を観たんですね。

数年前に最愛のご主人を亡くした栗原さん。

未だその傷が癒えぬまま、それでも残りの人生をどう生きていくかを模索していました。

「ひとりごはんレシピ」を作ったり、今後の「やりたいことリスト」を考え実践していったりと、人生後半を生きる私にとっても、とてもためになる内容でした。

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でもね、それ以上に私が心動いたのは、大切な人を失った喪失感を抱えた彼女の姿なんです

栗原さんは、今も亡きご主人のことを思い出すたびに、涙があふれます。

食事も一人ではできません。

一人で食べると、夫が亡くなったという事実を思い知らされる。だから、いつも仕事のスタッフと食事をしているんだろう。

そんな彼女をみていると、本当にご主人のことが大好きだったんだな~ということが伝わってきました。

大きな悲しみを味わうくらいなら・・・

 私は今まで、大きな悲しみを味わうくらいなら、ほどほどの喜びや幸せでいいんじゃないかって思うことさえあったんです。

それぐらい、大きな悲しみを味わいたくない。こわい。それが私の思いでした。

でも、悲しみにくれる栗原さんの姿を見て思ったのは、それぐらい大好きだった人がいたということ。

それぐらい大好きだった人との日々を生きてきた彼女の人生は、とっても幸せで豊かなものだったんだろうなってことが想像できたんです。

だからこそ、それと比例するくらい悲しみも大きい。

なんか言葉にすると、あまりに当たり前すぎることなんだけど・・・。あらためて、それを感じたんですよね。

ご主人と過ごした日々だけが幸せだったんじゃなくて、そんな過去をもつ彼女は、悲しみに暮れている今でさえ、幸せな人生に思えたんです。

大切な人を失う喪失感って、想像するだけでそんな思いはしたくない!と心が反応しちゃう私。

でもって、そんな悲しみやつらい思いを味わうことは不幸である、ということに結びつけてしまいません?

時々思うんですよね。

たとえ大きな悲しみがあっても、それと同じくらい大切な人とすごした幸せな時間がある人生と

大きな悲しみはないけれど、それに比例したほどほどの喜びや楽しさのある人生と

私はどちらがいいんだろうって。

今回、この番組を観て、あらためて自分に問いかけ、今まで後者だと思っていた思いが、

前者でもいいのかも・・・と思えたんです。

どんなに幸せだけを願っても不幸がなければ、それを感じられない

でも、悲しいのは嫌だよ。

もちろん、そうわかっていてもなお当事者になれば、そんな思いはしたくない!って思いますよね。

上記の本の中で、アインシュタインの相対性理論のことにも触れ、わかりやすくこの世の仕組みも語られていました。

相対性理論とは、物体が他の何かと比べることで初めてその特性(位置・姿・意味) が確定するものだそう。

私たちは「幸せだけが来れば良いのに」 と思うけど、原理的にそれは不可能で、

仮りに「幸せな出来事」だけが起こり続けても、それらの中から私たちは 「不幸」を見つけるだろうと。

なぜなら「不幸」と比べない限り、 絶対に「幸せ」の位置は確定できないから。

つまり相対性理論とは、「不幸」 が起こらない限り、 あなたは絶対に「幸せ」を感じることが出来ないよ、ということらしいです。

子どもたちの巣立ちへの思いも同じこと

 話しは変わりますが、私の子どもたちが、それぞれ親元を離れていきました。

もうね、想像以上に悲しいし寂しいんです。

でもこれも、子どもたちと過ごした時間が幸せだったからこその思いなんだな、と、この番組を観てあらためて思ったんです。

子育て真っ最中のときは、今が幸せだとか、そんなふうに感じている暇もなかった。毎日が必死でしたからね。

それに、あの日々は幸せだったんだと思えたからと言って、今の寂しさや悲しみが消えてくれるわけではありまへん。寂しいもんは寂しいし、悲しいもんは悲しいんです。

そう、栗原さんと同じです。

でもでも、みつろう氏のこの言葉をかみしめながら

悲しみを悲しもう。苦しみを苦しもう。苛立ちを苛立とう。
楽しみを楽しむためには、必要です。

引用:ミラーニューロンの彼方へ 大嶋信頼 著
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あ~、私は子どもたちと幸せな日々を過ごしていたんだ~、くそ~、さみしいやんけ~!あ~、さみしいよ~!!

って、ジタバタしながら、いまだ毎日を過ごしています。これが幸せなんやってかみしめながら~。

まとめ

  • 味わいたくない悲しみや寂しさという思いは、幸せだったという証
  • そんな過去をもっている今も幸せだということ
  • どんなに幸せだけを願っても、不幸がなければそれを感じられないこの世の仕組み。あきらめましょう。

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栗原さんのドキュメンタリーを観てない人、以下の方法で観れるよ。↓

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