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『宇宙を駆けるよだか』感想 人は外見より内面?

ドラマ・映画・アニメ

 Netflixで配信されている『宇宙を駆けるよだか』をご存知でしょうか。
マンガが実写化されたNetflixオリジナルドラマです。

のの
のの

これが、おもしろくてね〜。全6話一気見しちゃいました!(笑)

正反対のふたりが入れ替わるストーリー

ストーリーを簡単に言うと、

主人公の小日向あゆみ(清原果耶さん)は、家族にも友達にも恋人にも恵まれていて、性格も素直でかわいらしい。まさに、非の打ちどころがないヒロイン。

一方、海根然子(富田望生さん)は、恵まれない家庭環境。友達もいなくて、いつもひとりぼっち。いじめられ、性格も暗い。もちろん、そうなってしまうのには、家庭環境などそれなりの理由がある。

そんな正反対のふたりの心と身体が、あることをきっかけに入れ替わります。しかも、偶然入れ替わったわけではなく、然子が計画的に仕組んだことだったというね。

「入れ替わる」という設定のドラマや映画は、これまでもいろいろありましたが、今回は、すべてに恵まれた子と、そうではない子との入れ替わり。

見る前は、人って、外見なの?内面なの? 
そんな単純なテーマなのかな、と思っていました。
まあ、単純なストーリーだと言えばそうだし、先が読めるところもある。それでも、ふたりの演技がすばらしくて、見入ってしまいました。

その身体、あなたにあげる?

入れ替わったふたり。

かわいい容姿を手に入れた元然子は、かわいくない容姿になってしまった元あゆみに向かって、こう言うんです。

「私の身体だと、いろいろ大変でしょ。」
「ほんっと、私ってブスだわ~」
「その身体、あなたにあげる」

うわ~、なんというむかつく言葉〜。(笑)
それを清原果耶さんが、ほんとににくたらしっく言うんです(笑)。その演技がすごい!

かたや、かわいくない容姿になってしまった元あゆみは、
かわいい容姿を手に入れた元然子に向かってこう言い放ちます。

「私はあなたとは違う!もう元の身体に戻れなくても、この姿でも
これからあなたが悔しがるほど、幸せになってみせる!!」

いや〜、かっけ~!!
よう言った!!って感じ。

このドラマ、ふたりの演技が本当にすばらしいんです。
特に、富田望生ちゃん。
入れ替わる前の然子役では、暗くて誰も信じないオーラ全開。

ところが、入れ替わった後の然子役では、心が素直でかわいらしいあゆみなので、同じ容姿なのに、表情や雰囲気がまるで違うんです。なんだか、とっても愛くるしい。愛されキャラというんでしょうか。
それを見事に富田望生さんは演じているんですよね。

のの
のの

人って、内面が外見に表れるんだなって、そんなことを実感させてくれるふたりの演技でした。

人は外見より内面?「ある」と「ない」の前提

ドラマをみながら、思ったのは、
自分の中に無意識に「ある」と思っている人と、「ない」と思っている人では、見える世界が違うんだなってこと。

「ある」っていうのは、自分には何かがある、自分にも受け取れるものがある、という前提。
「ない」っていうのは、私には何もない、自信もない、どうせ私なんか……という前提。

もちろん、誰だって「ある」だけ、「ない」だけ、というわけではなくて、どちらに傾きやすいか、ということだと思います。同じ出来事が起きても、自分の中にどんな前提があるかによって、受け取り方が違ってくるしね。。

入れ替わった後の元あゆみは、「ある」寄りで生きてきた。だから、かわいくない容姿になっても、なんだかかわいいんです。

かたや、かわいい容姿を手にいれた元然子は、「ない」寄りで生きてきた。だから、どんなにかわいくても、幸せそうに見えない。どうせ私なんか。どうせ誰も私のことなんて・・・。そんな思いにかられるときがあるから、目の前に差し出された優しさも、信じられなくなってしまうのかもしれない。

のの
のの

私もどちらかというと、「ない」寄りかも・・・です。
幸薄い感じかな・・・(笑)オープンじゃないし、隠し事多いし・・・。

光も影も、どちらも自分の中に「ある」

ドラマでは、外見が変わっても、心は元然子のまま。周りの反応がかわっても、ずっともっていた「ない」前提はすぐに変わるわけではない。

とすると、

のの
のの

自分の嫌いなところがなくなったら、今より自分を好きになれる?

そんな問いがでてきましたね。それは、外見だけじゃなく、自分の内面でさえもね。

心屋仁之助さんの本に、『光と影の法則』という本があります。

ここに、こんなことが書かれていました。

強い光を浴びれば浴びるほど、その反対側に強い影できるのは自然の摂理
(中略)
光だけ求めるとバランスが崩れ、バランスをとろうと影がさらに大きくなる



要は、自分の嫌だと思うところが「影」だとしたら、
それを消したい、光だけがいいって思っていると、かえって自分の影にとらわれ、まずます認められなくなってしまう。嫌な自分を見せないようにしたり、いい人でいようとしたり。
光と影、両方認めようと。

誰もが、光も影、どちらも自分の中に「ある」。
それを受け入れることが、心の「ある」前提なのかもしれないなって思いました。

自分の嫌いなところがなくなったら、今より好きになれるのか

これ、結構、大きなテーマじゃないです?

でもね、頭ではわかっていても、そう簡単にはいかないものじゃないです?。人生って(笑)

やっぱりきれいになりたい、とか、嫌いなところはなくしたいとか、
もっとこんな性格になりたいってことあるじゃないですか。

どんな自分でも受け入れたほうがいいって、そんなことわかっとるわーい!それができたら苦労せんわい!なんてね。

変わりたい自分もいて、今の自分を嫌だと思う自分もいて、そして、そんな自分を受け入れたいと思う自分もいる。

そんな葛藤を抱えながら、人は生きてる。(と、まとめたくなる(笑))
それが人間らしいじゃないか!(って、言いたくなる(笑))

ただ、こういうドラマを見て、やっぱり内面って表にでるよな〜って。
で、私はどうなんだろうな〜って。

そういう問いかけくらいは、あってもいいかもしれない。

のの
のの

できるかどうかは、別にしてね(笑)


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